東京地方裁判所 昭和40年(ワ)7587号 判決 1966年10月12日
原告 当間政次
被告 森山紹徳
主文
被告は原告に対し東京都大田区仲蒲田参丁目拾参番地所在木造モルタル塗トタン葺弐階建店舗一棟の内弐階拾弐坪五合を明渡し、同所備付の麻雀卓六台及その附属設備一式を引渡し、且昭和四拾年八月八日以降右明渡済に至るまでの壱箇月金壱万参千円の割合による金員を支払うべし。
訴訟費用は被告の負担とする。
この判決は原告において金拾万円の担保を供するときは仮に執行することができる。
事実
原告訴訟代理人は主文第一及第二項同旨の判決並に明渡請求の部分について保証を条件とする仮執行の宣言を求め、その請求の原因として
原告は昭和三十五年六月二十九日その所有にかかる主文第一項記載の建物二階十二坪五合を同所に備付の麻雀卓六台及その附属設備一式と共に賃料一箇月金一万円(昭和三十九年八月分以降一箇月金一万三千円に増額)、毎月末日翌月分支払、期間五年の約旨のもとに麻雀営業に使用させる目的で被告に賃貸したところ、被告は原告の承諾がないのに拘らず昭和三八年五月二十五日頃から訴外斉藤つね子に、また同年七月五日頃から昭和四十年八月下旬頃まで訴外多田正尚に右建物の被告賃借部分を夫々転貸したので、原告は賃借物の無断転貸を理由に昭和四十年八月四日附内容証明郵便で被告に対し右賃貸借を解除する旨の通知を為し、右通知は同月七日被告に到達し同日限り賃貸借は終了した。よつて原告は所有権に基き被告に対し前記建物二階の明渡、同所に備付の前記麻雀卓六台及その附属設備一式の引渡並に昭和四十年八月八日以降右二階の明渡に至るまでの賃料相当額たる一箇月金一万三千円の割合による損害賠償の支払を求める、
と陳述し、証拠<省略>
被告訴訟代理人は、原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、答弁として
原告主張の事実の内被告が原告主張の建物二階及同所に備付の麻雀卓等その主張の物件をその主張のような約旨のもとに賃借したこと(但賃貸借の始期は昭和三十五年七月一日である)、原告主張の日にその主張のような賃貸借の解除通知が被告に到達したこと及前記建物二階の賃料額が原告主張の通りであることはこれを認めるが、その余はこれを否認する。
一、被告は原告主張にかかる訴外斉藤つね子及多田正尚に本件建物二階を転貸したことはなく、単に右訴外人等を被告経営の麻雀営業を管理させる為雇入れたに止まる。即ち、被告は右建物二階を賃借後その妻をして麻雀営業を管理させていたが、被告夫婦は一年後に埼玉県入間郡下藤沢に転居したので、当初家政婦某を日給五百円で雇入れ営業現場の管理人として使用していたところ、同人が一年三箇月位で辞めたので、前記訴外斉藤を現場の管理人として雇入れたのであるが、雇傭の条件として同人の申出により、麻雀営業による一箇月の総売上額の中から被告に毎月金一万円を渡す外、ガス代、電気代及原告に対する家賃を控除した残額を同人の労務に対する報酬として同人に支給することとしたものである。被告は右斉藤が辞めた後更に前記訴外多田を同じく営業現場の管理人として雇入れたが、その雇傭の条件も斉藤の場合と同様に定めたのである。被告は本件賃貸借の当初から終始被告名義で麻雀営業を営んで来たのであつて、原告に対する賃料はもとより、右営業による事業税、組合費、宣伝費等もすべて被告が負担し、前記訴外人等に対し営業権を譲渡したこともなく、また本件建物二階を同訴外人等に転貸したこともない。
二、仮に右の主張が認められないとしても、原告は前記訴外斉藤や多田が本件建物二階を使用することについて承諾をしたものである。即ち、被告は前記の通り埼玉県下に転居する際又はその後に原告を訪ねて転居の旨を告げ、被告の留守中は他人を使用して麻雀営業を管理させる旨申出たところ原告はこれに対し何等異議を述べなかつた。更に斉藤や多田は時折本件建物二階に宿泊をし、被告に代つて麻雀営業を営み、被告の代理人又は管理人として原告方に家賃を持参し、またガス、水道、電気料金も同人等において支払つていたところ、原告はこれらの事実を知悉しながら一言の異議をも唱えることなく同人等から家賃を受領していたのである。然のみならず、原告は被告に対してではなく、前記多田に対し家賃の増額を請求し、同人から増額した家賃を受領したのである。これらの事実に徴すれば、原告は右訴外人等が本件建物二階を使用して麻雀営業を営むことを承諾したものと謂うべく、仮に被告がその賃借建物を右訴外人等に転貸したものとしても、右転貸については原告の承諾があつたものと謂わなければならない。
三、仮に右の主張もまた理由がないとしても、原告のした賃貸借解除の意思表示によつては、本件賃貸借の終了の効果は生じない。即ち、原告及被告間の当初の賃貸借はその始期である昭和三十五年七月一日から五年後である昭和四十年六月三十日限り期間の満了によつて終了する筈であつたところ、原告は借家法第二条の規定による更新拒絶の通知をしなかつたのであるから、右期間満了の際当初の賃貸借と同一の条件で新に賃貸借契約が為されたこととなつたのであつて、当初の賃貸借と右の新たな賃貸借とは別個のものである。然るところ、被告が前記訴外斉藤を雇入れたのは昭和三十八年三月頃から昭和三十九年三月頃までの間であり、また前記訴外多田を雇入れたのは昭和三十九年三月頃から昭和四十年六月頃までであつて、いづれも当初の賃貸借の期間内のことである。従つて、仮に被告が本件建物二階を右訴外人等に転貸したのであるとしても、当初の賃貸借の期間内に生じた解除原因をもつて新な賃貸借を解除することはできないものである、
と陳述し、証拠<省略>
理由
被告が原告の所有にかかる主文第一項記載の本件建物二階を同所に備付の麻雀卓六台及その附属設備一式と共に原告から賃借したことは当事者間に争のないところである。
而して成立に争のない甲第四乃至第六号証並に証人多田トシ子、松永ハツヱ及当間栄の各証言(多田証人松永証人の各証言のうち後記措信しない部分を除く)に本件口頭弁論の全趣旨を綜合すれば、被告は昭和三十五年七月一日以降原告から前記建物の二階を賃惜し、同所において麻雀屋を営んでいたのであるが、昭和三十六年九月頃埼玉県下の被告肩書住所に転居し、その後暫くの間は家政婦を雇入れて右賃借建物の留守番をさせ、麻雀屋はなお被告がこれを経営管理していたこと、然るにその後昭和三十八年一月に至り仲介業者の斡旋によつて訴外斎藤つね子が被告の右賃借建物を使用して麻雀屋を営むこととなり、営業による収入はすべて同訴外人の収入としてこれを取得し、右賃借建物の使用に必要なガス、水道、電気料金等はすべて同訴外人の負担としてこれを支払う外、被告に対しては毎月金一万五千円を支払い、また被告が原告に対し負担する賃借建物の賃料も同訴外人がこれを負担し原告に対しこれが支払をしたこと、右斎藤は昭和三十九年五月頃まで右の場所で麻雀屋を営んでいたのであるが、その間自己の名義で電話加入権を取得し右の場所に電話を引き、また昭和三十八年五月から同年七月までは住民登録による住所をも右の場所に移していたこと、更にその後昭和三十九年六月頃から昭和四十年七月頃に至るまでの間は訴外多田正尚が同じく仲介業者の斡旋によつて本件建物二階を使用して麻雀屋を営むこととなり、斎藤の場合と同様に営業の収入はすべて自己の所得とし、ガス、水道、電気料金の外被告が原告に対し負担する賃料を自己の計算において原告に支払う外、被告に対し毎月金一万円を支払い、また、自己の妻名義をもつて斎藤の電話加入権を譲受け、昭和三十九年六月十七日以後は妻子と共に住民登録による住所をも右の場所に移転し、且つ一日置位に家族と共に本件建物二階に宿泊していたこと、およそ以上の事実を認めることができる。
以上認定の事実に徴すれば、被告は昭和三十八年一月から昭和三十九年五月頃までは訴外斎藤つね子に対し、また同年六月頃から昭和四十年七月頃までは訴外多田正尚に対し、原告から賃借した本件建物二階を同訴外人等が夫々被告に対し毎月支払う前認定の金一万五千円又は金一万円に被告が原告に対し負担する右建物二階の賃料の額を加算した金額を賃料と定めて転貸したものと解するのを相当とする。被告は右転貸の事実を否定して右訴外人等を単に被告経営の麻雀営業の管理人として雇入れたに過ぎない旨主張し、前顕証人多田トシ子及松永ハツヱの各証言中には右主張に副う部分があるが、これらの証言部分は俄に措信し難く、他に前記認定を覆し、被告の右主張を肯定するに足る証拠はない。
次に被告は、前記訴外人等が本件建物二階を使用するについては原告の承諾があつた旨主張し、原告の妻である証人当間栄の証言によつても被告が埼玉県下に転居し自身麻雀屋の経営に当らず、前記訴外人等が本件建物二階において麻雀屋の営業に携つていたことを予てから知つており、また同訴外人等において被告が支払うべき賃料を原告方に持参し原告が異議なくこれを受領していた事実を認めることができるのであるが、右当間証人の証言によれば、前記訴外人等は被告の使者又は代理人として原告方に賃料を持参したのであつて、原告は被告が転居後もなお麻雀屋の実質上の経営者であり右訴外人等は単に被告の使用人に過ぎないものと信じていたことを窺うことができる。従つて原告において被告が自ら麻雀屋の経営に当らず、右訴外人等が麻雀屋の営業に従事していたことを予てから知つており、また同訴外人等の持参した賃料を異議なく受領していたとの一事をもつて直ちに原告が被告賃借にかかる本件建物二階の右訴外人等に対する転貸について承諾をしたものとすることはできず、本件に顕われた他のすべての証拠によつても原告が右転貸について承諾をしたとの事実はこれを認めることができない。而して原告が本件賃貸借の目的物の被告による右訴外人等に対する無断転貸を理由として賃貸借解除の通知をし、この通知が昭和四十一年八月七日に被告に到達したことは被告の認めるところであるから、同日限り本件賃貸借は解除によつて終了したものと謂わざるを得ない。
なお被告は、期間の定のある建物の賃貸借において賃貸人が借家法の定める更新拒絶の通知をしない為期間満了の際前賃貸借と同一の条件で更に賃貸借をしたものと看做される場合には賃貸借は前後同一ではなく、前の賃貸借の期間内に生じた解除原因を理由として後の賃貸借を解除することはできない旨主張する。而して本件賃貸借の始期が昭和三十五年七月一日であることは先に認定した通りであるから、同日から五年後である昭和四十年六月三十日をもつて賃貸借の期間が満了することは被告主張の通りである。また右期間の満了前六月乃至一年内に原告が更新拒絶の通知をしなかつたことは原告の明に争わないところであるから、右の期間満了の際に本件建物二階部分について原告及被告間に前賃貸借と同一の条件で更に賃貸借が為されたものと看做されることも被告主張の通りと謂わなければならない。然しながら、前認定の通り訴外多田正尚が右建物二階を被告から転借してこれを使用した期間が賃貸借の更新後である昭和四十年七月頃までに亘つていることはこれを別としても、被告の右主張は独自の見解であつてこれを採用することができない。即ち期間の定のある賃貸借においては約定の期間が満了するときは賃貸借は一応終了すると解せざるを得ないため、借家法第二条の規定は賃貸人による更新拒絶の通知等が所定の時期にされない場合には期間満了の際前賃貸借と同一の条件で更に賃貸借が為されたものとの擬制を用いたに過ぎないのであつて、右規定の趣旨は実際上はもとより法律上においても同一の賃貸借が更新後もその儘継続する趣旨を明かにしたものと解するのを相当とする。若しそうでないとするならば、例えば本件におけるように賃貸借の更新前に賃貸借の目的物の無断転貸が行われた場合の外、賃借人が賃貸借の更新前に賃料の支払を怠つているような場合でも、ひとたび賃貸借が借家法の前記規定によつて更新されると賃貸人は最早右賃料の延滞を理由としては賃貸借を解除することができないという結果になるのであつてその不合理であることは言わずして明かである。
してみれば原告及被告間における主文第一項記載の建物二階並にこれに備付けられている同項記載の物件を目的とする賃貸借は前認定の通り昭和四十年八月七日限り終了し、被告は同月八日以降右賃貸借の目的物を不法に占有し、且他に特段の事情の認められない本件においては右不法占有によつて賃料額相当の損害(賃料の額が一箇月金一万三千円であることは被告の認めるところである)を原告に被らせているものと謂うべく、右賃貸借の目的物の返還及右損害の賠償を求める原告の本訴請求はすべて正当である。
よつて原告の請求を認容し、訴訟費用の負担に付民事訴訟法第八十九条、仮執行の宣言に付同法第百九十六条の規定を適用し、主文の通り判決する。
(裁判官 平賀健太)